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急性低音障害型感音難聴。


朝起きて。
なんだかおかしい。

耳が聞こえにくい…?

左耳だけ、気圧でこもったような
綿が詰まったような。。。
ぶーんという耳鳴りまでも。

耳掃除しても
耳抜きしても
あくびをしても治らない。

話をすると
自分の声が響いて気持ち悪い。



ちょっとやばいんじゃなかろうか。

とりあえず仕事に行って
午後にすぐ耳鼻科へ。


はい。
病気でした。

それも

急性低音障害型感音難聴

20代から30代の女性に急増している
突発型難聴の一種だそうです。


耳鼻科で耳の中見ても異常なし。
鼻から空気を通しても症状は変わらず。

聴力検査をした時、
一瞬耳を疑いました(これぞ本来の使い方?)

低音が圧倒的に聞こえないんですから。



原因は不明。
医者にはストレスや過労っていわれました。
(うー勘弁してくれよー)

ステロイド剤(こわいよー)の服用で改善するとのことで
最悪入院すれば完治はするそうです。
ただ、再発も繰り返すとのこと。

胃腸炎とかならまだしも
いきなり耳が聞こえにくくなるって
私の体大丈夫?って思いました。

上司が休みを明日と月曜日にくれたので
すこしだけのんびりできますが。。。


ああ、人の体って怖い。


誰しもかかるらしいです。

みなさんも、お気をつけてくださいね。




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にやにや。

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友の道。はなの道。


今日は、はなの昔話とあわせて
GWに再会した旧友の話を。

会社員の父と、パートにでる母。
決して裕福ではない家庭で生まれ育った私ですが
たくさんの習い事を経験させてくれました。

日本舞踊・ジャスダンス
バレエ・ピアノ。
一番濃い時間を過ごしたのは、児童劇団でした。

3歳から高校生までの15年弱。
私は週に3日のレッスンや
テレビや舞台のお仕事で
東奔西走していました。
(決して売れっ子ではありません。笑)

子役って、有名な子は一握り。
無名な子ばかりです。
それでも、みんな必死でした。
オーディションを受けては落ち。
運よく受かったものを必死にやり遂げます。

私は、ミュージカルの出演が多く
大人から子供まで
本当にかけがえのない方たちと出会い
レッスンから舞台の千秋楽までの長い時間を
過ごすことができました。

みんなひたむきでした。
だから、その仲間も
戦友として、本当に仲がよかった。

高校に入って、劇団をやめて。
大学に入って、就職して。
違う道に進んだ私ですが
今もその仲間と年に数回会うことがあります。

俳優・声優・ダンサーなどの道に進んだ人。
会社員など、私のような道に進んだ人。
なかには、ギャルやフリーターも。
十人十色。
でも同じ時間を過ごした仲間は
いつまでたっても仲間なんですよね。

そして
GWに、友人が出ているミュージカルを
鑑賞しに行きました。

レ・ミゼラブル。
映画化されたことで
ミュージカルに御縁がなかった方も
もしかしたら御存じかもしれません。
ポスターも見たことあるかな?
こんなん↓。

7844afe5.jpg


帝国劇場の前から四番目の席。
オケの響き渡る音楽。
迫力ある歌と演技。
何度観賞しても涙がでるストーリー。

かなうのであれば
私も立ってみたい。。。。
私が途中であきらめた道を進む友が
うらやましく思いました。

目の前の友人はとっても勇ましくて。
私の誇りだな、と思うと同時に
なんだか遠くに行っちゃったような気が。
でも公演終了後
楽屋でおしゃべりしたら、
舞台の上ではあんなに遠い存在だったのに
友は、昔とかわらずニッコリ笑顔でした。


色々なことを乗り越えて
それでも自分が決めた道をすすむ私たち。

就きたくて仕方がなかった仕事をして
毎日を過ごしているのだし。
負けないぞ、仕事がんばるぞー

そう改めて思えたGWでした。

「一番大好きな人とは一緒になれないのよ」


残業していたら
気づいたら部署に誰もいなくなっていて…
こっそりブログ更新のはなです。

みなさんこんばんは。

今日のランチの時に、同僚と
学生時代の話に花を咲かせていて。

一世一代の恋
…そう言い切れるほど
楽しく幸せで、悲しくて苦しかった恋愛について
今日は書くことにします。
事実だよ、嘘じゃないよ。笑


それは、まだ私が中学3年生のころ。
入学する高校の制服採寸で出会った人。
特別カッコ良くもない。
けれど
なぜか後光が差していた(みえた)のです。

そう、センセイでした。

隣のクラスの担任。
英語を教えてくれるセンセイ。
若くてみんなに人気のセンセイ。

夢中で追いかけて
5回も告白して。

いまだから話せることだけれど。

センセイは葛藤しながら…
そして苦しみながら
最終的に私の思いを受け入れてくれたのでした。

デートは、数回だけ。
はじめてキスした後
あまりに緊張して。
センセイの手も震えていて…
忘れたくなくて、記憶にちゃんと残したくて
「もう一回…」
そうおねだりしたことを、今思い出しました。

結ばれたのはたった1回。
言葉にしたらあふれ出してしまいそう。
上の階の人がベースの音を奏でていたなあ。。。

センセイとは、卒業まで続けるには
お互い精神的に脆くなりすぎていて。
お互い病を患いながら別れたのです。

そして予想もしない事態が起きて

はなは、病院に入院。
高校は卒業がギリギリでした。

私が卒業してから、センセイは結婚しました。
私が卒業してから、センセイは学校を変えました。

学生時代に1度。
社会人になる直前に1度の
合計2回、センセイに会いました。

私たちはお互いに対して
まだ異性としての想いが強く…
体で結ばれようとしてしまった。
でも、できなかった。
お互いに泣いていて。
本当に、本当に、怖かった。
もう一度傷つけあってしまうことが。
手に入たあとに訪れる、2度目の別れが。

今も年に1度くらいかな
連絡を取ることもあります。

でも、次会うのは
「お互いが男女に見られなくなったときね」
と話している私たち。

私がまだ若かったから
あんなにも夢中に恋ができて
あんなにも夢中に愛せた。

会いたいなあ。
会いたい。

断片的に思い出す、私のかけら。
そして味わう、恋の苦さ。
そうすることで確認する。
私の中に一部としてちゃんと存在するセンセイを。

会いたいとセンセイに伝えて困らせてしまわぬように
ここで封印。

センセイ。
はなは元気に暮らしています。
苦しいことも悲しいこともあるけれど
センセイを失った時の悲しみのほうが
私にとっては苦しくて悲しいことでした。

相も変わらず、大好きです。
だから
センセイの毎日が輝いていますように。

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